近藤昇の「仕事は自分で創れ!」

「仕事は自分で創れ!」ブレインワークスグループCEOの近藤昇が、日本とアジアをはじめとするエマージンググローバルエリアに対する思いやビジネスについて発信します。

自分は大変だと自分も大変だの違い

人間はどうしても人と比べたがる。

私も正直、人のことが気になる。

そういう意味では、いつか、仙人の様な境地になって、無の世界を体験してみたい。

 

ただ、正直、そういう方に今までの人生で出合ったことがないし、人間は自分と他人を比べるという意味で、本能的に人が気になるような動物だと思う。

辛いことや試練があると、人は時として、自分だけがどうして、こんな目にと思う。自分は世界一不幸だとすら思うこともある。

 

こんなことを書いている私も、今までもそういう気持ちになったことは何度もある。

特に体調が悪いときや気持ちが落ち込んでいると、そういう気分に支配される。

いわゆる悲観的な気持ちだ。

 

当然、心身というのは一体なので、体調不良から気分が落ち込む時もあるし、気分の不調から実際に体調不良になることもある。

人として、大変な目に遭った時、仕事で大トラブルを起こしてしまった時、人と大喧嘩した時、事業で失敗した時。落ち込まない人はいないだろう。こんな風に自分には人生で運がない、運が悪いと思うこともまま発生する。そして、周囲が見えなくなったりする。

 

ボジティブな考えとして、ピンチはチャンスなり、はあまりにも有名な言葉であるが、様々な試練を乗り越えてくると、本当にこういう風に思える時が来る。

 

私もそういう意味では、まだまだであるが、時々、本気でそう思うこともある。

ピンチを何度も脱出した経験が増えてくると、論理的に考えるよりも先に、気持ちの面でピンチをチャンスに変えられることもある。

 

悲観主義は気分に属する、楽観主義は意志に属する。というフランスの哲学者アランの言葉は大好きで、30代から好んで使っている。

単純に気分的に悲観になっている時に、意志を持つと言っても具体的にはピンとこない人も多い。

 

冒頭で、人間は人と比べると書いたが、そもそも人間が社会的動物であると考えれば、それは自然のことである。

人のことを気にかけるからと言って、それは心底が全部利他的な訳ではない。本能的には、人間は利己的な部分を持っている。当然、遺伝子的には、生存するという選択が勝るので、自然と、自分以外の人間と比べるのだろう。

 

だから、誰かと比べて、自分が不幸だとか、自分が一番大変だと思う訳である。

しかしながら、こういう時こそ、しっかり、意志をもって客観的に自分や自分が置かれている境遇を見つめなおすことが大切だと思っている。

 

例えば、このコロナ禍でもそうだ。

小さい単位であれば、田舎に行けば行くほど、ご近所さんと比べる。

都会でもやはり、連日都道府県別のニュースが流れると、比べてしまう。もっと、視野を広げれば、世界の国別での感染数などは、ネットでいつでも見られる。

とは言え、知らない国で行ったことも無ければ、どこの国がどうなってもあまり関心はないだろう。コロナ禍においては、ほとんどの人にとって日本国内のことだし、自分の住んでいる街のことが気になる。そして、その結果に一喜一憂する。

 

自分も大変だと自分は大変だは全然違う。

 

短絡的に言えば、自分と同じ大変な境遇にいる人が、他にも沢山いると知れば、勇気も沸いてくる。ピンチを脱出するてがかりをそういう人たちから得られるかもしれない。こう考えるだけでも、私はプラスだと思う。

 

あとは、確率の話で、病気にしてもそう思う。

世界で初めての病気に自分が罹患したのであれば、自分は大変だ。はその通りだと思うが、例えば、日本で100万人の病気だと言われれば、自分も頑張ろうという気持ちも沸いてくる。

 

人間は、他人と比べることでやる気も出てくるし、人間関係が良好にもなる。一方で、ピンチがもっと悪い方向に行くこともある。

 

他人ごとのように書いているが、日々、そんなことと葛藤しながら、いつかの日に、誰とも比べることのない人生の域に到達したいと思う。

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以上