近藤昇の「仕事は自分で創れ!」

「仕事は自分で創れ!」ブレインワークスグループCEOの近藤昇が、日本とアジアをはじめとするエマージンググローバルエリアに対する思いやビジネスについて発信します。

ドーハの悲劇からドーハの歓喜へ

昨晩、奇跡が起こった。

と言えば日本代表に失礼かも。

ワールドカップの予選、日本の初戦でドイツに歴史的勝利を遂げた。

実は、私は、早朝のスマホチェックで知ったのであるが。

 

昨晩の22.00から試合が始まるのは知っていたが、最近の私の生活では、この時間は睡眠タイム。だから、いつも通り普通に寝た。少し前なら、徹夜してでも生中継を見るところだが、最近は、イレギュラーはリズムが狂うのと、興奮しすぎてもいけないと思い、戦況は気になりながらも寝た。そして、スマホで勝利を知った。

だから、生中継を見ているほど、興奮はない。もちろん、嬉しさはこみあげてはくるが。

 

ドーハと言えば、29年前。私が創業1年目の事。今でも鮮明に覚えている。

ドーハの悲劇と言われ続けた、ロスタイムの同点劇。呆然とピッチに座り込むガスやラモスの姿が脳裏に焼き付いている。

熱烈に応援していたこともあって、私は、1週間ぐらい放心状態だった。仕事どころでなかった。悲願が最後の瞬間に消え去ったのだから・・・。

 

あれから、約30年。私にとっては、別のドーハとのつながりも生まれた。

実は、コロナ禍が始まった頃、2019年の3月、私は、ドーハにいた。

理由は、アフリカのルワンダに出張するための乗り継ぎだ。ルワンダに行く方法は幾つかあるが、直行便は流石にない。

 

一番メジャーなのが、UAEのドバイ経由。私も何度もドバイも訪れたことはある。あとは、ヨーロッパ経由もある。

来年には、ぜひ、日本->コペンハーゲン->ルワンダや日本->イスタンブール->ルワンダツアーも企画したいと思っている。なぜなら、このコース、知り合いの社長に話しすると、人気上位のコースだからだ。

 

実は、この時の入国手続きは冷や汗ものだった。羽田を出る時に、今の日本人が首尾よく入国できるかどうかは、行って見ないと分かりませんと。係の人が言う。

丁度、日本の豪華客船の感染が世界で話題になっていた時だ。

飛行機を降りて、すぐにメディカルチェック、結構色々聞かれた。ヒヤヒヤの中、無事にドーハに入国。それだけに、余計に気持ちは昂ったのを覚えている。

 

この3年前に、海外に行って以来、私は、日本から出ていないが、その時に、ライブ配信したのがこれである。

 

 

空港内の数時間で乗り継ぎが一般的だが、この時は、ドーハで一泊することにした。そうすることで、この都市を体験できると思ったからだ。

実は、ドーハ泊は、2回目だったが、初回は、飛行機の乗り継ぎの数時間の間に、早朝、ホテルの仮眠のために入国しただけだった。だから、ドーハの街を体験と言う意味では、はじめてだ。

 

ドーハを訪ねてみたい理由の一つ、それはすぐ近くのドバイと比べてどうなのか?という興味だ。流石に、ドバイに比べたら小ぶりではあるが、やはり、石油資源で豊かになった国。建設ラッシュは凄かった。ただ、美化と言う意味では、まだまだ、不十分。シンガポールは、美化が徹底した都市として有名だが、ドーハは、観光客を世界から多くの呼び寄せるためには、ドバイやシンガポールの先進都市に比べて、見劣りする感じだった。

 

ワールドカップ開催地に決定してから、きっと、建設インフラや社会インフラは、急ピッチで整備されている事だろう。そんなことを実感する滞在であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回のワールドカップは開催前から、色々な物議があるようだ。ただ、ワールドカップそのものは、純粋に楽しみたい。次の試合から、生中継で観戦しようかと迷っている。

 

まだ、日本代表がどうなるか分からないが、ドーハの悲劇から、約30年。

あの時、私が、アフリカでビジネスをしているという考えは全くなかったし、あのドーハにいつか行きたいとも思っていなかった。

 

今回のワールドカップもすでに多くの日本人にとって、記憶に残るものとなった。と同時に、ドーハもカタールの認知が進む。ドバイと並び、アフリカの玄関とも言えると私は考えているが、日本とカタールの関係がどうなるかも、私の新たな関心ごとである。

記憶が強烈であれば、意識も変わる。私にとってのドーハの悲劇がそうだったように。

それだけ、今回の日本の勝利は、しばらく日本人の記憶に残るのではないかと思う。

そして様々なつながりが生まれることだと思う。

 

以上

自分の人生のテーマソングも色々

プロ野球選手が、テーマソングを使いだしたのはいつ頃だろうか?

私の記憶で鮮明なのは、元巨人軍の松井秀喜選手のゴジラである。ゴジラというのは、松井選手のニックネームで、私の世代がのめり込んだあの怪獣映画ゴジラの音楽だ。私の世代には余計に印象に残る。

ついでに、清原選手は、長渕剛のとんぼだった。私は、カラオケでとトンボをよく歌っていたので、その当時を知る人からしたら、近藤と言えば、トンボと思っている人も少なからずいる。

 

人間誰しも思い出のソングというのがあるものだ。私の10代から20代にかけて、学生の友人と遊びに出かけたときに聞いた、サザンや大滝詠一の歌を聞くと、その当時が昨日のように蘇る。

 

とは言え、こういうのはよく思い出のソングでテーマソングではない。やはり、自分が何かにチャレンジしようとしている時、あるいは、苦境に陥っているときに、鼓舞してくれる音楽、アグレッシブになれる音楽、勇気づけられる音楽、勢いをつけてくれる音楽。誰しもこういう歌を1つや2つ、心に決めているのではないだろうか?

 

私は、30代、40代は、とにかく、カラオケによく通った。もちろん、私の場合は、歌を歌う目的と言うよりも、ビジネスの延長の交流やリフレッシュだった。創業時は、社員のほとんどが20代であり、とてもノリもよく、勢いのあるチェッカーズギザギザハートの子守唄などの歌を選んでは、大騒ぎしていた。

 

それが、40代ぐらいになると落ち着いてきて、結構、その時々の心情や境遇と重なる歌を好むようになる。それだけ人生の深さを分かりかけたころだったと思う。

今でも、聞くたびに、自分の人生の指針にしようと決意する歌がある。

それは河島英五の時代遅れである。

生き方であったり、仕事での部下とのかかわり方であったりの歌詞にとても共感している。自著の中にも引用したこともあるぐらいだ。

 

また、中島みゆきの歌も好みのものが多い。時代を表現したら天才と称される方だけに、いつ聞いても、古い感じがしない。

今でもNHKのプロジェクトXのテーマソング地上の星“を聞くと、気合が入るし、挑戦心が掻き立てられる。このブログでも以前書いたことがあるが、”糸“は、私の人生の羅針盤のような歌である。こんな見事な歌を他には聞いたことがない。人の縁やつながりを表現した歌としては、私が一番のお気に入りである。

他にも、逆境から這い上がるような”宙船“もある。考えてみたら、自分が精神的にどういう状態かによっても、聞きたい歌は変わる。

流石に恋愛を歌った歌は、遠い昔である。私も60歳を過ぎて、人生とは何かを少しは分かりだしたこの時期、人生の深さや苦難を表現した歌には自然と惹かれる。

 

今までも事あるごとに、聞いていたのが、EXILEのライジングサン。私の名前が近藤昇だけに、そういう親近感もありながら、ノリノリの歌として聞いていたが、先日、車で走りながら、歌詞を一つずつ噛みしめながら聞いていて、気付いた。これほど勇気を与える歌はないのではないか?

 

関心がおありの方は、聴いてみてほしいし、ネットで歌詞の検索をしてみてほしい。

しばらく、なんども聞いてみようと思う。昔の偉人の格言も人生の羅針盤にもなる。それに勝るとも劣らないぐらい、歌も大切な人生の友である。

 

 

以上

新入社員に“気配り”を教えるとしたら・・・

気配りができる人は仕事ができる人。

これは、間違いない事実である。もちろん、気配りだけできても、仕事にはならない。特定の業務や専門的な事に精通してはじめて、気配りも活きる。

今、世の中で働いている人で、気配りが本当にできる人はどれだけいるだろうか?統計を取った訳でもアンケート調査をしたわけでもないが、私の長年の感覚では、10%いないと思う。もちろん、オールオアナッシングなのではなく、あくまでも段階的なものだ。

例えば、英語風に書くと、エクセレント、グッド、フェア、プアー。ちなみに、これは、ベトナムなどでのゴルフ場のギャディに対するプレー後のプレイヤーからの評価基準だ。意外とよくできていて、これは、どこの世界でも通用すると思う。

 

仮に、そんな気配り評価制度があるとしたら、エクセレントは、10%はいないが、私が仕事してきての実感だ。私も今まで多くの社員を受けて入れてきた。顧客としての企業の社員研修もそれなりに行ってきた。出来る事なら、新戦力の全員が気配り力抜群であってほしい。と毎回そう期待しながらも、現実は、一定の比率に落ち着く。

 

私の創業間がない頃、社員研修には相当力を入れていた。自分も未熟な中、自分自身も学びながらの研修現場だった。気配りについて、本のタイトルは探さないと思いだせないが、とても印象的なくだりがあった。

そもそも、天性の気配りが得意な人がいる。そういう人は、自然と、気配り力は発揮できる。だから、教える必要もない。先ほどのゴルフの評価で言えば、エクセレントだ。それ以外は、努力で身につけるものだ。こんな内容だった。私は、これには我が意を得たりの気分だったし、それ以来、私は、この基準をベースに社員には教えるし、社員以外にも求められれば教えるようにしている。

 

要するに気配り力は、学習によって、マスターできるということである。

そう考えると、天性としてあり、さらに磨きをかけるのが理想だが、他の事例でも同じこと。人間は天性のものだけで生きている訳ではない。仕事もそうだ。天性だけでするものではない。そういう人は、それを思う存分発揮すればよいが、気配り力が天性のものでなくても、ちゃんと学んで、努力すれば、ゴルフの評価のGOODは達成できるのである。

難しい言葉で、慮る(昔は、おもんばかる、だったはずが、今はおもんぱかる)がある。

こういうレベルで考えると、とても難しくなる。

 

そうではなくて、仕事において気配りはなんのために必要かを理解することが大事である。気配りというのは、単に優しく声をかけることではない。余計なお世話をするものではない。こういう感覚が横行すると、徐々に甘えの集団になっていき仕事のレベルは下がっていく。つまり、傷のなめ合い、かばい合い集団になって行く。

 

シンプルに仕事は、プロとしてチーム力や組織力を発揮して、結果を出さないといけない。新入社員からは見えなくても、組織の長や、プロジェクトの責任者は、状況次第では、猫の手も借りたい。ちょっとした、でもとても大事な事を誰かにカバーして欲しい。こんなことは、日常茶飯事だ。

 

新人の頃は、コピー一つでも大事である。単にコピーして上司に渡すだけではなく、ちょっとした気配りは幾らでもあるのである。難しいけれども、簡単に言えば、相手がしてほしいことを察知する。余計なお世話ではなく、相手がしてほしいことを仕事の基本として学んでおく。

これは仕事ができる人と一緒に仕事していれば分かる事でもある。

 

 

以上

神戸マラソンの最後のランナーに想いを馳せて

昨日、3年ぶりの神戸マラソンが開催された。コロナ禍で2回中止になっていたので、ランナーとして走ることがない私にとっても嬉しい。

何につけても、神戸が盛り上がるのは良いことだから。

 

 

 

 

実は、当社の神戸本店のオフィスから、以前は、窓越しに神戸マラソンは見えていた。毎年、スタート直後のランナーを上階から眺めるのが趣味だった、もちろん、道路に面しているオフィスなので、降りていけば、スタート直後のランナーに遭遇することはできた。

 

私は、ランナー思考はないが、身内にも知人にもランナーがいる。今回は、そういう意味では、知り合いも走っているはず。実は、本店の窓からは、マラソンの様子が見られなくなった。神戸マラソンが中止している間に、隣に大きなオフィスビルが新築され視界がふさがれた。

 

今回は、大丸近くの交差点で、先頭ランナーを待つことにした。颯爽と走り抜ける先頭集団。ほどなくして、絶えることなくランナーが走り去っていく。約2万人が参加とある。なかなかのものだ。今回も、ゴールは私の住んでいる街、ポートアイランド

 

 

 

 

 

 

改めて、コースを確認すると、ゴール寸前に、メリケンパークの近くを走るバイパスを走ることが分かった。流石に沿道で応援する時間はない。

実は、関連会社のオフィスからは、このバイパスが眼下に見える。一流のランナーも参加するだろうから、早い人で、9.00スタートから計算すると、11時過ぎには、走りぬけることになる。

 

仕事の合間に、昼食を済ませ、オフィスから眺めていると、バイパスを絶え間なくランナーが走り抜けていく。沿道の応援も良いと思うが、遠目で走っているランナー達を見ていると、純粋に応援したくなる。

そろそろ、15時を過ぎてきた。だんだんと、ランナーの走るスピードが落ちていく。中には歩いている人もいる。制限時間のギリギリに近い。

私が、普段このあたりを歩いている感覚だと、ポーアイのゴールまで、歩いて約30分だろう。自分事のようにもまだ間に合うから頑張ってという気持ちも芽生えてくるから不思議だ。

 

こういうレースには必ず終わりがある。先頭でゴールするランナーは脚光を浴びる。一方で、最後まで走りぬこうとするランナーも素晴らしい。やはり、完走を目指すならば達成したいと思うのが自然だ。

私も、若い頃、ランナーに興味がなかった訳ではないが、私は、水泳を選んだ。完走を目指しているランナーを遠目で感じながら、私も水泳のマスターズにチャレンジしたい気持ちが蘇ってきた。

 

とは言いながら・・やっぱり、マラソンにしても、水泳にしてもそれなりの大会に出るにはちゃんとした準備が必要だ。時間がそこまで今は取れない。またまた先送りか・・・こんなことを考えながら、バイパスのランナーを見ていると、走っている人がだんだんと減ってきて、車の車列に守られながら、走る最後のランナーだろうと思われる人を発見した。

走っていると言うよりも歩いていると言う速さだ。その人の後ろに何台もの車が続いている。こういうシーンは、私は、かつて直接見たことはなかった。

 

 

 

 

 

 

ラソンを開催するための準備、当日のスタッタの活動や警備、様々な人がしっかりとマラソン大会を滞りなく開催するために、関わっている。

1人の最後のランナーに対しても、こういう人たちの想いや温かさを感じる。既定の時間までに、ゴールできたかどうかは定かではないが、最後のランナーという経験を人生で私が味わう事はないと思う。

 

トップでゴールするランナー以上に、貴重な体験ではなかろうかと思った次第である。

実は、知る人ぞ知る、神戸は、マラソン発祥の地と言われている。来年の大会では、1日中応援で参加してみたいものだ。

 

以上

著者と著者のつながりで生まれる妙味

本を書く人は、本をよく読む人である。

理由は幾つかあるが、真っ先には、本を書く人は、色々な人の本を読んでいる。自著を書くために読むことももちろんあるが、その前に、本を書く人は知的好奇心が旺盛な人が多いので、自然と普段から本を読んでいる。

 

 

私は、どちらかというと例外の部類だと思う。20代前半まで、本を読む習慣はなかった。子供の頃から、国語が苦手だったし、本を読むのが好きではなかった。だがら、自分には無縁の世界と思って、20数年過ごしていた。

本を沢山読むようになったのは、起業してからだ。ここ10年は、読書するジャンルも幅が広がってきたが、私の場合は、基点は、ビジネスに関することだ。ただ、ビジネス書という意味ではない。ビジネスで収益を上げるとか、営業力を高めるとか、組織マネジメントに関する本とか、常に雨後の筍このように、発刊される。

 

少し冷めて考えると、よくもまあ、人間は同じことを繰り返すものだと関心と言うかあきれる感じすらする。

例えば、組織はなぜ変わらないかなどは、切り口を変えて、次々と新しい本が生まれる。正直、この類になると、どれを眺めても、似たり寄ったり。私なりにまとめてしまうと、人間は、組織を作ることができるが、きっと、組織を作ると問題を生み出してしまう何かがあって、そのせめぎ合いを人類がする限り、悩みは続けていくのだろうと思っている。

 

今の私の興味の範囲は、世の中の事、社会の事、未知の世界。こんなことに関心がある。

そして、何よりも著者自身に関心がある。

著者の体験や信念、想い、ノウハウ、生き様。本の目的やテーマによって変わっては来るが、一言で言えば、本は、著者の分身だ。

 

人によっては、一生でひとつだけの分身を創る人もいれば、分身を何十も生み出す人もいる。人それぞれであるが、私の場合は、今で約20冊を超えたところで、この先、どれぐらいの本を書くかは分からないが、本を書くということの醍醐味や楽しみ、価値は分かっているつもりだ。

 

ある意味、著者の想いや気持ちは分かる。

著者と言うのは、表現者と言える。今は、SNS全盛期なので、誰でもいつでも、手軽に表現ができる。これはこれで、この先、人類の人間関係や生活様式にどう影響していくだろうかを考えるのは、結構楽しいのだが、表現をする機会が増えて、昔に比べて、誰かが表現をするハードルが一気に下がった。

 

一方で、本を創るということは、昔から変わらない。手間暇かかるし、骨が折れる。特に、書店に並べるような本を創る場合は、コストが関わるのもさることながら、やはり、責任がそれなりに発生する。著作権についても配慮は必要だし、公序良俗に反することはご法度だ。他にも色々と気を付けないといけない。

 

手軽なSNSと対極にあるのが、本で表現することである。著者には著者の気持ちは分かる。だから、もともと、接点や縁がなくても著者と著者は、つながり易い状態にある。そして、著者もSNSを使っている人が多い。たまたまと言う人もいるが、表現に幅を待たせることができることを分かって使っている人も多い。

私も気に入った著者を見つけたら、SNSでつながることにしている。

本でつながる人間関係は、一気に深まり易いというのが体感で分かったことである。

 

以上

人にお世話になる人、人のお世話をする人

人間同士の良好な関係と言うのは、理想的に言えば、持ちつ持たれつになるのが、丁度よいように思っている。一時期だけ見れば、一方的に相手の人にお世話になるかもしれないが、長い人生、どこかで、お互いさまになることが良い。

 

とは言え、現実はそうではない。

人間関係は複雑である。例えば、AさんがBさんの何らかのお世話をしている。そのBさんは、Cさんのお世話をしている。そしてそれが巡り巡って、Dさん、Eさんとつながっていき、そのEさんがAさんのお世話をしているということもありえなくはない。

もちろん、世の中こんなシンプルな人間関係ではないので、こんな見事に循環している訳ではない。いろんな意味での不公平感は人間関係にはつきまとう。自分が属している社会全体が、常に理想的に調和がとれていれば、お互いに持ちつ持たれつの関係性が一番良いように思う。

 

世の中が複雑になってきて、つながりが世界中に拡がると、通常の生活範囲では、この持ちつ持たれつ感は薄れていく。私たちの生活に必要な商品は、遠い遠い国の若い労働する人達の生産によって成り立っていることも多い時代。

私たちは、そういう意味での生産者に対する感謝の気持ちが薄れている。国内だけ見ても、都会の子供たちは、田舎と接点がなければ、スーパーに陳列されている野菜や果物しか知らない。農家の人が汗水たらして、育たてくれたから私たちが、都会のスーパーで買えるという実感はない。

 

話は変わるが、世の中には、お世話好きな人がいる。生まれた時からの性分かもしれないが、何かにつけて、人の事を気にかけて、何かと世話を焼くタイプだ。お世話が好きな人は、自然と、お世話されがちな人との接点が深くなる。

こういう世界では、自然と、持ちつ持たれつになっていると言っても不自然さはない。

 

そして、気付いてみたら、お世話するのが生きがいのように活動する人が世の中には結構いる。社会活動に力を入れる人はそうだと思う。では、お世話好きの人とお世話好きの人が集まったらどうなるのだろうか?相対的な関係で考えると、やはり、この集団においてもお世話する人とお世話される人に分かれていくのだろうか?

 

そういう私は、正直、お世話されるのが好きではない。この辺りが、自分でいうのもなんだが、変わり者と言われる本質だと私は思っている。世間では、お世話するタイプのように思われることも多いし、そういうのは嫌いではないが、私の本質は、お世話されるのがあまり好きではない。

 

とは言いながら、今までの人生では、結果的に沢山の他人にお世話になって来たと言う実感はある。だから、自分がどいうタイプでも、人生とはお世話したりお世話されたりのバランスがほどよい状態になって行くようにも思う。

 

知り合いの中でも、本当に病院や介護施設での人のケアという大変な仕事を生きがいとしている人も少なからずいる。こういう人たちは、根っからのお世話好きとしての天職に巡り合っていると私は考えている。

まあ、人のお世話をすると言うことに対しては、自分がちゃんと自立して健全でなければなかなか出来るものではない。残りの人生何年あるか分からないが、人のお世話をする、人にお世話になる。こんな感覚を深堀していこうと思っている日々である。

 

 

以上

“人生が2度あれば”と思う人思わない人

久しぶりに聴いた歌が、脳裏を駆け巡る。

車で走っていて、何気に自動選曲された歌だ。

今は便利と言えば、便利な時代。スマホとカーステが連動していて、ある意味、勝手に歌がかかる。もちろん、自分がスマホに何らかで選別しているからであるが、そういう意味では、基本、私はカーステで何が流れるかは気にしていない。

 

昔よく歌っていた歌を、たまたま聞いて思い出すことも多い。

井上陽水の“人生が2度あれば”。

実に味わいがある。

私が30代前半の頃に、頻繁にカラオケで歌っていた。今から25年ぐらい前。その当時は、カラオケボックスではなく、いわゆる昭和のスナック通いだ。

歌う事は嫌いではなかったので、行きつけのスナックでカラオケ大会を楽しんでいた時期がある。そんな時、私は受け狙いもあって、この“人生が2度あれば”を絶叫していた。

当時、30代の私にとって、この歌の意味を嚙みしめるほど、人生を味わっていない頃。あれから、25年が過ぎ、自分が、この歌詞に登場する両親の年齢に近づいていることに、気付いた。

 

30年ほど前と言えば、今のように高齢化社会の問題が顕在化はしていなかった。定年も60歳の時代だ。だから、この歌詞の年老いた父は65歳、母は64歳。歌のタイトル通り、人生が2度あればと、後悔と悲哀の歌だ。と私は想う。

若い頃の私は、妙にこの時代背景と歌詞の一言一言が気に入っていた。シンプルにその当時の想いを書くと、30代の私から見たら、60歳ぐらいになって後悔したくない。人生が2度あればと思うような生き方をしたくないよな。こんな風に想っていた。

 

そう、自分の未来の道しるべのような気分で歌っていたかもしれない。それと、背景には昭和の高度経済成長期にも、貧しい生活をしている人がいるんだという妙なコントラストが印象深かった。

実際この歌のリリースは、1972年。今だったら、この歌が、流行るだろうかと考えてみる。

 

今は、高齢化社会真っただ中。

この歌詞の内容のように、人生を振り返る人が沢山いそうだ。あまりにもこの歌詞が切実で、リアル過ぎのように思う。ただ、今は、60代で人生を振り返る人もいるだろうが、現役感バリバリ世代に変わった。今の時代に合わせるとしたら、おそらく70代後半の設定になるだろうか。

そして、人生100年時代、生涯現役を目指す人も増えてきた。人生を後悔するどころか、生涯充実した人生を全うするべく、未来を見つめる人も増えてきた。ただ、残念ながら、まだそれはごく一部だ。

 

人生は延びたけれども、現実は、この歌にあるように“人生が2度あれば”と後悔の念を抱く人は、増大していると想像する。

考えてみれば、人生は一度きりである。これは人間皆平等にそうである。何をもって充実した人生と言うかどうかは、個別の価値観であり尺度である。何かと比べるものではない。

 

近い将来、昔こんな歌が流行った時代があったね。人生は一度だけど、本当に楽しいね。こんな日本になるように、少しでも貢献したいと思う。

またカラオケに行く機会があれば、30年ぶりに、“人生が2度あれば”を絶叫したいものだ。その時は、自分がそんな後悔はしていない前提ではある。

 

 

以上