近藤昇の「仕事は自分で創れ!」

「仕事は自分で創れ!」ブレインワークスグループCEOの近藤昇が、日本とアジアをはじめとするエマージンググローバルエリアに対する思いやビジネスについて発信します。

時計をせずに暮らしてきた30年で想うこと

私は、かれこれ30年近く腕時計をしていない。

どうも体に何か身に付けることは性に合わず、眼鏡以外のものはしていない。

 

腕時計をしていなくて不便はないのか?

と思われるが、実に今は便利な世の中になっていて、よっぽどの田舎でない限りは、街のどこかに時計はある。駅前であれば言うまでもないし、どこかに時計がある。時計を持たないから、余計に時計がどこにあるかには敏感になったりする。

 

実際は、時計を持たないと言っても、今は、スマホや携帯を持っているので、正確に言えば、腕時計をしていないだけである。

 

改めて考えると、今も腕時計をしている人は、おしゃれのためにしているのだろうかと思う。

そう考えると、私の場合は、そういうことにあまり興味がないので、今更、私は腕時計をする理由は全くないし、このまま一生腕時計はしないと思う。

 

とはいえ、スマホがなかった時代は、時計がなくて困ることは、結構あった。

例えば、お客様とのMTGをしていて、予定通り終わらせるには苦労する。

通常は1時間ぐらいのMTGが相場だ。

腕時計無くして、1時間ぐらいでMTGを上手に終了するのは意外と難しい。

MTGルームに置時計や掛け時計があると、ほっとしていたものだ。

 

そんな訳で、何も時計がない場合は、せこい話で、最初の頃は相手の腕時計をチラチラ見ながら、時間を計っていたこともある。

ところが、慣れとは不思議なもので、おおよそ30分や1時間の長さは感覚で分かるようになる。

 

セミナーするときは、流石に時間通り終わらないと問題になる場合が多いので、置時計を見ながらしゃべることにはしているが、話慣れてくると10分、30分、1時間ぐらいの長さ感覚は身につく。

 

大学生の時は、腕時計をしていたかどうかは正確に覚えていないが、社会人の最初の頃までは腕時計をしていた。なんとなく社会人の必需品のように感じていたからだと思う。

 

社会人数年目に、なんとなく、腕時計をするのをやめてみた。とても開放感があった。

 

この30年の変化で考えると、昔は何に付けても世の中は、いまほど時間に追われていなかったと思う。

忙しい人は忙しかっただろうが、そもそも、オフィスの外に一旦出ると、携帯がなかった時代は、おおらかな時間の使い方だったように思う。

 

ポケベルが登場したのが、私が20代の時だったと思うが、とても便利に感じたものだ。

こんな時代から、私は腕時計をやめていたのだが、今気づいてみたら、せっかく磨いてきたつもりの時間感覚が今は完全になくなってきている。

 

すでに書いたが、今は、私たちは、時間を知る手段があまりにも多い。

どうしても無意識に時間に追われる。

時間を忘れることは今の都会ではなかなかできない。

だからこそ、コロナ禍で一気に盛り上がっているワーケーションをする時ぐらいは、時計のない場所にしておきたいと私はつくづく思う。

 

以上