近藤昇の「仕事は自分で創れ!」

「仕事は自分で創れ!」ブレインワークスグループCEOの近藤昇が、日本とアジアをはじめとするエマージンググローバルエリアに対する思いやビジネスについて発信します。

仕事の遊び心

仕事の遊び心。

自分で言うのもなんだが、結構ある方だと思っている。もっとも、こういう類の話を、ビジネスで関わっている人とはめったにしない。

 

理由を考えてみたら、それは至極当然で、私の仕事柄、お付き合いは殆ど経営者である。上場会社の社長から中小企業の創業者、そして、ベンチャー企業の経営者など概ね社長業もしくは、何らかで経営に関わっている人とである。

 

そういう意味では、仕事という概念から離れている人達とのお付き合いがベースになる。このあたりの方々になると、仕事と言うよりは経営をするという立場なので、そうなると、仕事の領域を超えて、個人の生き様や社会貢献意識などと相まって、どれが仕事でどれが仕事でないのかは区分することは困難だ。

 

私なりに、仕事での遊び心というのを整理してみる。

一つは、余裕を持つという意味がある。

もう一つは、本当に楽しくするために笑いを交える。こんなこともあるだろう。

そして、もう一つは、仕事と言ってもやっぱり、人間関係の中で、人生を楽しむのであるから、この視点で仕事をとらえることも遊び心と言える。最後にもう一つ加えると、メリハリやオンとオフの話である。仕事をプライベートに持ち込まない、プライベートのことを仕事に影響させないということだ。これも、見方によっては遊び心である。

 

私は、働きだした頃、仕事を軸に生活していなかったので、仕事はついで感でやっていた。たまたま入ったゼネコンでやりたいとも思わないコンピュータの仕事になった。だから、仕方がないという世界である。

一時期、理不尽だと憤っていた時期もあったが、それも若気の至りで、時がたって、人生経験もそれなりになってくると、そもそも、世の中や人生はそんなもの、つまり、想定外の事だらけ、自分が理想を掲げるのは良いが、どの人を見ても、キャリアパスは偶然で成り行きであることも気づいた。

もっとも、冒頭に書いたように、経営者中心だから、一般の働く人とは違う世界だろうが、少なくとも、私の周りは、レールに乗っかっていない分、遊び心が常にある。

それは、別の表現をすれば、好奇心旺盛という事になるだろう。人生は長い、働く期間も長い。一心不乱に仕事に没頭することも大切だが、それが何十年とは普通は持たない。

だから、回り道も無駄道も、時には休むことも必要だ。なるようになるさという感覚は究極の遊び心だと思う。

 

私がずっと心がけていることは、仕事を如何に楽しく面白くするかだ。ところが、これは、諸刃の剣である。プロの領域の人は、ブレる人はいないが、楽しく面白くというのを単なる雰囲気や語録のように取る人も結構いる。若いとなおさらだ。

 

簡単に、私なりの説明をすると、要するにこれもメリハリだ。仕事の結果を想定通り達成しようとすれば、それはシビアな世界だ。緊張感や集中力は半端ない。笑いのかけらもないだろう。

 

だが、そうは言っても、物事には間がある。インターバルだ。休憩タイムと言えば分かり易いだろうか。こういう時こそ、笑う。バカ話をする。

 

単なるコミュニケーションとは違う。脳みそを刺激する感覚だ。そうすると、そんな他愛もないやりとりから、ひょんなことから仕事の成果に貢献するようなネタが出てきたり発見があったりする。まあ、こんな風にそもそも仕事の遊び心は結構適当なあいまいな話しである。

 

私はあと何年働いているかは分からない。私に分からないのだから、周りの人は誰も分からない。だからこそ、1日1日、遊び心をもって過ごしたいと強く思っている。

 

 

以上

事業承継にAI君を使う理由

先日、介護サービスを営む社長と、思わぬところで意気投合した。それは、AIを使った事業承継だ。

そして私は我が意を得た。

自慢話ではない。

私ぐらいの年齢になると、創業者なら誰しも事業承継をどうするかを考えている。しかし四六時中考えている訳ではない。

 

実際、私の周囲にも70歳を超えた創業社長もバリバリ現役で沢山いらっしゃる。また、人生100年時代と連動して、大企業でも70歳越えた経営者も少なくない。 

人間は一定年齢になると、記憶力は衰える。あの子供の頃から使ってきた暗記するという能力が典型だろう。

一方で、脳科学でも証明されているが、結晶性能力は向上する。つまり、様々な体験や知恵の蓄積で、判断力や構想力は増してくる。しかも社会貢献意識も高まってくる。

 

別の見方をすれば、経済の中にも常に経験豊富なシニア経営者は必要なのである。特に、今の世の中の方向を考えれば、単に儲けだけを考える経営者では心もとない。

 

少し、前置きが長くなったが、そうは言っても世間は違う。少なくとも10年、20年はずれている。だから、私の59歳と言うのは、そろそろ事業承継となる。実際の目安は65歳ぐらいだろうか。もちろん、千差万別、40代でリタイアした経営者もいる。

 

結局、年齢は関係ない話ではあるが、事業承継のポイントは、そもそも、トップがいなくなっても、会社が順調に継続的な活動できるかである。

創業系の社長がバトンタッチした時に、一番話題というか課題になるのが、攻めて守る人の存在が消えることである。

私が知る限り、創業社長は、一見攻め型だ。だが、実は違う。守りも超得意である。これは経営の本質を知らない人の思い込みと、どちらが目立つかという話である。だから、創業社長=攻めという印象が先行する。

 

よく比喩されるのが、アヒルの水かきの話である。創業社長からバトンタッチして安全運転のみに固執して、会社が衰退した話は枚挙に暇がない。

基本は、攻めと守りの両立が必要なのである。

スポーツの世界でも攻撃は最大の防御であると言われるが、経営も全くその通りなのである。逆に防御は最大の攻撃であるとは誰も言わない。

 

そろそろ、今回の本題に移るが、私は2016年に“もし自分の会社の社長がAIだったら”を上梓した。

 

 

私は本気で、AI君を使って事業承継をしようと思っている。その宣言の本でもある。

こんな私が、冒頭の社長と意気投合するのは、運命的としか言いようがない。今度、飲みながらじっくり話してみようと思っている。

 

ところで、事業承継をAI君を使って行うとはどういうことか、少しかみ砕いておきたい。

そもそも、AIとは何かであるが、詳細は、別の機会とするが、簡単に言うと、人工知能と直訳されるように、人間の知能をコンピュータで代行することである。

 

仮に、全ての事をAIが出来てしまえば、人間はどうなるのかという議論は喧しいが、そんなことは未来永劫起こらない。AIもツールであるから、脳がツールに置き換わることもないし、動物は身体全部で脳が機能している。だから、今の人間である限り不可能である。

 

これについても、この世界が二分されるぐらい専門家の議論は白熱している。

またまた、話がそれたので、本題に戻すと。

結局、経営者がしていることは、重要な判断とあとは、ラストパーソンとしてチェックである。

それは、誰でもが知っているPDCAのCと考えれば分かり易い。

先見的な判断能力と蟻の一穴も見逃さないスキル。結局、これも根っこは一緒である。

事業承継で絶対に欠かせないのが、このチェック機能の伝承である。これは、ほぼAI君とRPAでできる。

もちろん、これだけでは不十分だ。経営者も含めて仕事のやり方が属人的であれば、継承は困難である。だから、見える化なのであるが、ここにAI君はそれほど必要がない。

 

そして、攻めなどの判断力である。これはAI君でできる。ただ、きっと、永遠にできないのは、好奇心や使命感や挑戦する意欲であろう。

これは本能的なもので、これをAI君が代替えすることはありえない。

したがって、事業承継は、経営者が変われば、会社の性質は変わる。だけれども、会社が積み上げてきた機能や仕組みは変更なく事業承継はできるのである。私は、自分で実証するつもりである。

 

以上

最近本をあまり読んでいない・・・

最近は、本がなかなか読めない。

一方で、読みたい本がどんどん、積まれていく。

あの有名な“つんどく”状態が続いている。

 

自分で言うのもなんだが、本を読むことにあまりにもムラがある。

もちろん、私は、リタイアして悠々自適に過ごしている訳ではないので、そもそも論で、コンスタントに本を読むにはもともと無理がある。

 

2022年スタートからは好調に本を読んでいた。1月に10数冊、2月も10冊以上、このペースで年間150冊ぐらいは読めるだろうかと、淡い期待を持っていた。

とは言え、仮に年間150冊読んだとしても、読みたいけれども読めない本の量が圧倒的である。

 

そう考えてみると、最近時々思っているのは、反対に全く本を読まない状態にしておいて、読みたい本を身近に置いておくだけにする。すると、読みたいけれども読めないという微妙なストレスは無くなるような気がする。

 

だが、それはなかなかできない。

どうしても、仕事に関係する本は読まないといけないものが世の中には沢山ある。中には、知人から紹介してもらった本ならなおさらだ。

 

最近、本を読む機会が減ったことの大きな理由の一つに、本を創っているからというのがある。2月ぐらいから、今年1年で最低数冊の本を書く気になった。そして、今、その途上だ。

 

すでに2冊発刊した。今後は1か月に1冊ぐらいのペースで発刊しようと思っている。本を制作していると、本を読むことの関心が薄れると言うか、読むことに集中できなくなる。

その原因は2つある。一つは、自分の書いた原稿を何度も遂行しないといけない。多いときであれば、当該箇所は10回以上遂行することになる。

 

その時に大切なのは、自分が書いた文章という意識をできるだけ消して、客観的な自分が文章を評価しつつ、著者としての自分がしっかり、積み残しや言い足りないことを発見して、言葉で表現する。こんなことを日々繰り返していると、全く他人の文章を読むという事に関しての集中力が薄れる。

 

もう一つの理由は、本を創る過程で、他者の本も目を通す必要がある。本の巻末に書かれている参考図書の類だ。

こうなってくると、流石に、今、制作している本に関するテーマ、内容の本を集中的にチェックする。場合によっては、過去読んだことがある本を引っ張り出してきて、該当部分の1、2ページだけ読み直したりする。

 

こんな感じで本の制作に集中していると、いわゆる乱読はできなくなる。すべての本に関わる時間を今作っている本、その次に創る本に割り当てたいからだ。そう考えると、私はこの3月ぐらいから、純粋に読書する領域からかなり外れてしまったようだ。

もちろん、時間が限られていることもある。だが、頭の使い方を考えてみると、しばらくは、乱読的な読書はできそうもない。

今集中している本が出来上がった時、とてもすっきり、そう快感をもって、読書を再開できそうに思っている。

ということで、まとめると、本を読むことに費やしていた時間を、本を創ることに割り当てた結果、今まで読んでいた本には、意識がいかないようにどこかで、コントロールしているように思う。

 

例えば、いつか小説を書いてみたいと思っているので、その準備を始めたら、きっと、小説ばかりを毎日読む感じになるのだろうと思っている。

今年もすでに半分が過ぎようとしているが、この1年は、本当に本に深く関わる1年になりそうである。

 

 

以上

連続ブログ投稿を丸2年達成して想うこと

長いと言えば長い。

済んだことだからあっという間とも言える。

コロナ禍の真っ最中、本当に色々あった。我ながら、その間の記録という意味でも意味があると思う。

今日のブログが730回目になる。

正確に言うと、2020年6月14日から、毎日ブログを投稿してきた。

そして、今日が丸々2年になった。ここを目指してきたから、それなりに達成感はある。

日数にして、730日である。

 

 

概ね私のブログは平均1500字程度。だから、1500×730=約110万文字。

今までもこのブログに途中経過は時々書いてきた。連続ブログを始めたのは、コロナ禍になってすぐ。外出が出来なくなり、折角の機会なので、1か月毎日ブログを書いてみようと思った。

他には油絵も約40年ぶりに描いた。

 

ブログに関しては、20年近く前から、折に触れては書いていた。ただ、ムラがあり、半年ぐらい投稿しなかったこともざらにあった。それでもコロナ禍前は、平均して月に1回程度は、投稿していたと思う。

当初、コロナ禍は世界のだれにとっても青天の霹靂であり、未曽有の天災とも言われた。こういう経験は人生でそうそうない。

だから、1日1日、その時その時、思ったこと、感じたこと、面白い出来事などを投稿しようと思い、毎日することに決めた。記録がメインの目的だった。

 

慣れないことなので、最初の30日は大変だった。1日の終わりごろに、焦りながらブログを書いて投稿したこともある。また、本の執筆ではないので推敲ほどまでにはいかずとも、何度も何度も修正して、投稿までに3時間を要した時もあった。この2年間で最初の1か月が一番高いハードルだったように思う。

 

1か月を達成すると、不思議なもので続けたくなる。次は100日を目標に決めた。だんだんと慣れていく。そして早朝に書くのが、私にとって一番効率が良く快適であることに気づいた。この頃には、書くネタリストを作り始めた。

100日を超え、次なる目標は200日になった。丁度2020の年末に差し掛かった頃だ。年が明けると、やっぱり1年は続けようと思い、1年の目標として元旦に誓った。

 

そして、あっという間に1年が経った。

この頃には、ブログを書く事にもかなり慣れてきた。文章の書き方も本などで結構読み漁った。すぐにものにはならないが、何となく進歩したようにも思った。

 

そして、ちょうど1年前の今日、365日ブログ投稿を達成したのである。

文章やブログの書き方には、コツがあることも知った。とはいえ、まだ、知ったことを臨機応変に自分のものとして使いこなせるわけではない。語彙も多少は増えた。辞書で調べることも多くなった。当然、本を読む量も増えた。いっそのこと、書く仕事だけの専門になりたいとも思うこともある。

 

この頃から、連続ブログの目標設定が1000日になった。とてもキリが良い数字だ。

そして、今日、2年を達成した。

いよいよ、ラストスパートだ。トラックで言えば第4コーナーである。

 

明日から、270回何を書くかだが、内容に関しては白紙である。ただ、書こうと思っているテーマは山のようにすでにあるし、毎日、何をしていても浮かんでくるので、ネタは増える一方だ。絵画で言えば、白紙のキャンバスがあるような状態だ。

 

実は、3年は達成できそうだと思っている。なぜなら、やめる理由見当たらないからだ。

まずは、1000日連続投稿を達成して、次に1095日目が、3周年記念日となる。

今は正直、それ以降のことは、分からない。続けたい気持ちもあるが、時間にしても相当費やすことになるから、結構迷う。

 

もし、続けていくとしたら、10年ぐらい続けていそうな感覚がある。それは、日々を書き残すことがとても面白いからである。それに、本の原稿のために書いている訳ではないが、結構、結果的に、今何冊か作っている本の原稿に使えたりするから、棚ぼたでもある。

 

一方で、すっぱりブログの毎日投稿をやめて、その時間を小説を書く時間にあててみようかとも思っている。小説はトライしたいことの一つだ。

 

仕事柄、講演したり、プレゼンしたり、人前で話したりすることが多い。それを繰り返していると、結構大抵どんなテーマでも即興で話できる様になる。

これと同じように、その場で想ったこと、感じたこと、聞かれたことを即興で文章にしてみる。こんなトレーニングも面白いと思っている今日この頃である。

 

以上

はっきり言えないことの仕事のロス

私ぐらいの年齢になると、生まれ持った性格はつくづく変わらないと自覚が出来てくる。

もっとも、個人差があるだろうし、そもそも、自分の生まれ持った性格は未だに完璧には分からないが。

 

生まれ持った性格で、はっきり言える人が世の中にどれだけいるか分からないが、少なくともズケズケ言うタイプは、子供の頃から今まで何人にも遭遇してきた。

また、私には縁がないが、鈍感力という言い方で、おおらかな人のことを表現することもよく耳にする。まあ、人の性格は千差万別であるとつくづく思う。

 

実に多様である人の性分の中で、仕事の力量と一番相関がある一つとして、はっきり言うことが出来るかはとても重要だと、最近、再認識しているところだ。

 

では、そもそも、はっきり言う相手は誰であるかだが。

まずは、一般的な社会人の立場で考えてみる。

相手を上司、同僚、部下と単純化すると、流石に、部下にはっきり言うという話題は稀だ。仮に部下にはっきり言う事が苦手であれば上司にはなれないからだ。

 

では、上司に対してはっきり言うのはどうだろうか?これを難しく思う人も多いだろうが、実は結構簡単だ。私は20代半ばぐらいからは、意識的に上司にはっきり言う事を心がけていた。練習と言ったらお叱りを受けそうだが、上司なら受け止めて当然と思っていた。

 

もちろん、後になって振り返ると、反省は多々ある。若気の至りだ。

無知で視野が狭い中で、あるいは自分の思い込みで言ってしまったことは数えきれなくあるが、その時の実践が今でも生きている。

結局、自分が保身になったり、忖度したりしようと思うと、はっきりは言えなくなる。

 

私もかれこれ40年近く、はっきりいう事を習慣化しているが、だんだんと、今ぐらいになると、ストレートに貫くのは難しい領域になってくる。

それは言い過ぎの人になってしまうからだ。

だから、どちらかと言うと、昔ならストレートにすぐに言っていたことでも、一晩考えることが多くなった。

考えると言っても、目が覚めて1日たって、その時にどう思うかを大事にするようになったということだ。

これはアンガーマネジメントとも似ている部分である。少し冷静になって考えることが出来る状態を作るということだと思って実践している。

もともと、私は即断即決型で通しているが、それは、その時に浮かんだことで、次の行動が決まっているようなものである。だから、ワンテンポ置く事の大切さがある。

 

次の話として、社外の人にはっきり言えるかどうかであるが、苦手な人もいるが、これは意外と簡単だ。

例えば、営業のクロージング、トラブル対応で主張するときはする、他人の集まりで自分の意見を述べるとき、外注の会社に納期厳守を強く求めるとき、実に色々とある。こういう類は、言った後結果がどうなるかを気にせず、言うべきことの事象だけとらえて実行できれば、それほど難しくない。

 

ところが、若いときや経験が浅いときは、やっぱり、言った後の結果を気にする。嫌われるのではないか?恥をかかないか?評価が下がるのでは?気になる事があれこれ頭をよぎる。

 

実は、そうではなくて、自分がはっきり言おうが言うまいが、どっちにしても時間は経過して、結果は出る。

関係する皆がはっきり言って、結論がはっきり出た方が仕事には好影響の事がほとんどである。

 

部下や周囲に仕事を依頼するときに、仕事の指示ではっきり言うのが苦手な人も多い。言い方を変えれば、デレゲーションが得意かどうかである。依頼する人に、どういうことを達成して欲しいかが明確であれば、それをストレートに伝えるのが基本である。

 

納期、期待するレベル、予算または作業工数、使えるリソースなどがあるが、これが人に依頼する時点で明確であれば、それをそのまま伝えるのがデレゲーションである。

もちろん、依頼する側の思惑と言うのも当然ある訳で、伝える内容の表現や強弱に変化はつくとして、素でデレケーションするときの、仕事の内容が明確であることが大前提での話である。

 

まあ、思い付きで書いてみたが、そもそも、はっきり言わないと、コミュニケーションでロスを生み、それがさらに広がっていくと、とんでもない仕事が行われることになるのである。

 

 

以上

やる気スイッチをオンにするコツ

人間、やる気になるかどうかはとても重要だ。

仮に、同じ仕事、同じ活動をしても、やる気満々でするのと、いやいやするのとでは結果はまったく違う事も多い。

そもそも、結果だけではなく、その過程、つまりプロセスを満喫できるかどうかの差にもなる。

 

私も、このやる気がある時、そうでない時の自覚がある。自分をコントロールできるようになったのは、40歳過ぎてからのように思う。

簡単に言ってしまえば、やる気になっていると感じる時、そう確信できる時に、大事な事をできるだけ多く集中的にする。

これは仕事でもプライベートでも同じである。一方、やる気にならない時期は、最近は、明確に把握できていて、そんな時は、大事なことはしないのが基本である。

 

仮にそれでもしないといけない時は、やる気スイッチがオンになる時を待って、全体の質を高める。人間は誰でもムラがあると思う。納期が迫ってくるとやらざるを得ないという状況になるが、それでも、慣れてくると、どこかで最悪ギリギリでもやる気スイッチはオンにできるようになった。

 

もちろん、ギリギリ仕事は基本的には避けた方が良いのは明白だ。毎回、ギリギリ仕事では、自分が疲弊もするし周囲のメンバーやチームに迷惑をかける。

当然、納得のものができる確率は低い。

このやる気スイッチは人によって違う。そして、スイッチのオンの仕方も違う。

先に、やる気スイッチをオフにすることから考えてみるが、これは現実的でない。やる気スイッチがオンになっていることを、わざわざ、オフにする必要はない。

 

ただ、何事もほどほどにというのはあるので、あまりにもテンションが上がり過ぎているのなら、時々休憩すると言う意味では、スイッチオフにすることも必要だろう。

ただ、ここでいうオフというのは、一般的に言われる仕事とプライベートのオンオフの切り替えの話ではない。

子供の時や若いときは、往々にして、自分がどういう時にやる気スイッチがオンになるかは明確に知っていない。もちろん例外の人はいるが・・。

 

なんとなく、やる気になって来たとか、今日はやる気にならないとか。概ね気分と言うか感情に支配されているように思う。そういうことを、何度も何度も繰り返していると、自分のやる気スイッチはある程度、コントロールできるようになると思う。

感覚的には、自分が子供の頃の行動にヒントがあると思っている。私は、母親から、“褒めても叱っても怒っている”としょっちゅう言われていた。他界した今でも脳裏にこびりついている。

当たり前の話だが、次男の私の性格を的確に捉えていたのだ。

だから、身近な人が私に、どう関わるかと言えば、ほっておくことが基本になる。

実際、私は今でも人に色々とかまわれたくない。

 

私のやっていること、考えていることにいちいち言われたくない。というのが根底にある。

一方、仕事柄も良好な人間関係にはとても興味があるので、自分から色々と何かイベントや人の集まりを仕掛けることは多い。

だから、誤解する人もいるのだが、基本、私は一人が好きだ。もっと正確に言えば一人で何かをやり遂げる孤高のようなイメージを意識している。

 

だから、こういう環境が出来たときに、私のやる気スイッチはオンになる。50歳を過ぎたあたりから、オンにする方法も増えてきた。ちょっと簡単に言えば、誰から言われたわけでもなく、自分が勝手に決めた目標に向かって黙々と続ける。

 

こんなと状態が一番好きだ。

ただ、それは仕事では中々起こりにくい。仕事はどうしても、一つずつのプロジェクトや事業運営で結果が求められる。そういう意味では、自由度はあまりない。

だから、プチやる気スイッチは簡単にオンにはなる事は多いが、ずっと続くかと言うとそうではない。

やる気スイッチのオンのためには、私のお勧めは仕事を離れたところで、打ち込めるものを創ることである。

 

 

以上 

ファーストペンギンとセカンドペンギンの違い

どうも私の周りには、へそ曲がりな人が多いようだ。

まあ、いきなり、こういう表現を使うとその方々にお叱りを受けそうだが。

実は、本音は皆さん、嫌いではない表現だと思う。少しいいかえると、他人と違う事をしたい、人のまねをしたくない。となる。

 

特に創業系の経営者に多い。

もちろん、ビジネスとは限らずアーティストや作家など職人気質の人にも多い。言い方を変えると、そういう経営者も職人気質と言える。

 

人のことを評論している場合か!!と、先輩諸氏の方々から声が聞こえてきそうだが、そういう私もとにかく、自分の道を行きたいタイプだ。

 

ただ、誤解があるとはいけないので、一応断っておくと、他人はどうでも良いと言う意味ではない。少なくとも、私もつながっている方々も、他人のために自分の道を貫くという感じだろうか。

 

話は変わるが、ファーストペンギンという言葉がある。というよりそういう表現と言ったほうが良いだろう。結構、へそ曲がりな人がする行動は、ファーストペンギンに近い。

 

ネットのシマウマ用語集から引用すると以下のようになる。

ファーストペンギン(the first penguin)とは、群れで行動するペンギンのうち、魚を捕るために一番最初に海に飛び込む勇気あるペンギンのこと。そこから転じて、ベンチャー精神あふれる起業家や、必要以上にリスクを恐れずに新しい挑戦をする姿勢のことを表す。

 

 

さて、皆さんは、当てはまるでしょうか?

先日、私が関係する出版会社から“私がファーストペンギンになれた理由”を発刊した。

 

 

ビジネスパートナーの小粥おさ美さんが著者だ。実は、小粥さんと連携して"ファーストペンギンを探せ"というブレインナビオン本のオンライン番組を運営している。

 

今回は、へそ曲がりな私としては、ファーストペンギンで盛り上がるのも大事だが、セカントペンギンの事も考えてみる。当然、サードペンギンもいるだろうし、そもそも、それ以下になると集団行動になるので、順番も付けられないと思うが・・・。

 

今回は、シンプルにファーストとセカンドの違いで考える。一つはビジネスの視点、もう一つはメジャーリーグへの挑戦の話、そして遺伝子学的な観点である。

 

まずは、ビジネスで考える。

日本のかつての高度経済成長時代は、セカンドペンギンが活躍したと言われた。マネシタで有名な松下電器がその象徴だ。今は、バナソニックになって、随分、社風も変わったと思うが、私が働きだした頃、日本は、先進国欧米の真似をするのが上手な国と教わった。

正確に言うと、誰かが具体的にそう教えてくれたわけではなく、ビジネス全体にそういう雰囲気があった。

要するに、他者の成功事例を如何に活用するか。当然、そういうことだけを指南するコンサルティング会社が大流行だ。

とにかく、成功事例を探して、マネする。改良する。新たな別のマーケットに投入する。ある意味、成長著しい既存業界に異業者から参入する、こういうのもその類だ。

こういう事例は枚挙に暇がないが、セカンドペンギンの役割はビジネスにおいてもとても重要なのである。これは今でも変わらない。

 

次に、メジャーリーグへの挑戦の話。これはファンなら誰でも知っている。イチロー選手、松井選手、大谷選手筆頭に凄いプレーヤーが沢山活躍してきた。そして今もである。

だが、私が一番好きなのは、野茂英雄投手である。その時代、日本国内には反対者だらけだった。野茂さんがいたから、今がある。こんなストーリーが個人的にも大好きだしそうなりたい。

 

最後に、遺伝子学的な話し。リチャードドーキンスの著書、利己的な遺伝子から知恵を借りる。

 

遺伝子は、種の保存のために、それぞれの個体に組み込まれている。とすると、ファーストペンギンは、自分が犠牲になるかもしれなくても、残りの遺伝子の存続に貢献する役割がある。

一方、セカンドペンギン以降は、ちゃんとファーストペンギンの行動を見て、自分が生き残るように行動する。これも遺伝子のなせるわざ。

 

こう考えると、ファーストもセカンドもそれ以降も、常につながって影響し合っているのである。このつながりや影響がなければ、そもそも、ファーストもセカンドもそれ以外もないのだ。

こういう動物としての習性と言うのは、とても感心するばかりである。

 

以上