近藤昇の「仕事は自分で創れ!」

「仕事は自分で創れ!」ブレインワークスグループCEOの近藤昇が、日本とアジアをはじめとするエマージンググローバルエリアに対する思いやビジネスについて発信します。

“アグレッシブでネガティブ”この表現は結構私は気に入っている

“アグレッシブ・ネガティブ”という面白い言葉に最近出会った。

 

キャッチーでシンプルなタイトルにピンときて、買った本の中にある。

タイトルは、“成功する人は心配性”だ。

 

まあ、私の感覚的には、“アグレッシブ・ネガティブ”は本のタイトルの英語的な表現と言えるだろう。

 

著者は脳神経外科医でクリニックの院長もされている。

最近、脳科学や医療の発展の中で、こういう専門家がビジネス書や人生の羅針盤のような本を書くことが多くなっていると思う。

 

それだけ昔に比べて、人間の心理や特性が解明に向かっているのだと私は思っている。それはそれで、興味津々の時代に生きていると実感する。

科学的であったり実証されているから信じるのかと問われれば、私はそれは否定しない。

 

ただ、私の場合は、それだけを根拠にするのではなく、自分自身の体験や周囲の人たちとの接点で体験したことと重ね合わせて、納得するタイプである。

 その意味でも、このアグレッシブでネガティブという表現は私自身にはドンピシャなのだ。

このブログでも以前書いたことがあるが、私の知り合いが、私を誰かに紹介いただく際に、近藤昇はアグレッシブな人です。という紹介のパターンが多い。

とても気に入っているのだが、できれば、これからはアグレッシブ・ネガティブと紹介いただきたいほど、この表現は腑に落ちる。

 

まあ、別の表現でもよいのだが、単にポジティブな人ではあまり嬉しくない。

ここ最近はポジティブシンキングが流行っている時代だと思う。それだけ、社会が病んでいるとも言える。実際に、ポジティブ思考をビジネスのトレーニングに取り入れようとする機会や事例は世の中に沢山ある。

 

しかしながら、このポジティブだけでは、単なる勢いの人、前向きな気持ちだけは強い人というイメージだ。一時期流行ったノー天気といえば言い過ぎだが、どこかで、軽さを感じるのは私だけだろうか?

感覚的に言うと、俊敏な人、プロアクティブな人という表現であれば私自身では納得感はある。

 

ポジティブの反対がネガティブとして、世の中で知られていることである。

 

ネガティブという言葉にマイナスイメージを持っている人は多いと思う。

明るくない、優柔不断、それこそ心配性という言葉が当てはまる。

あなたは、ネガティブですねと言われれば、ほとんどの人は気分を害するか落ち込む。

 

ただ、私は人を単純にポジティブかネガティブに分ける話でもないと思う。

例外的な人は存在するとは思うが、ほとんどの人は、両方が常に交錯した状態ではなかろうか。

 

人は当然気分に左右される。また、同じことをしていたとしても、必ずしも同じ結果になるとは限らない。ある程度、人生経験を積んでくると、結果に対しての一喜一憂は減ってくる。これは、ある意味自然である。

 

長年の数多くの経験がストックされてくると、一つずつの活動や行為としての目の前の結果は、毎回ブレルことに気づく。そして、一方で中長期的な統計学的な視点で俯瞰すると、基本はブレていないことに気づく。これは何かを行えば必ず存在するブレ幅を理解して上で、行動する習慣が身につくからである。

 

だからこそ、常に段取りを入念にする。忠実に基本に則る。原理原則を常に意識する。こういうことが経験と共に分かってくる世界でもある。

 

私が思っている感覚をシンプルに書くと、何かを始める時の第一歩は、ネガティブが良い。

冒頭で紹介した本のタイトルの通り心配性からのスタートが大事だと思っている。

ポジティブからスタートでは、先ばっかりに目が行き足元は見えなくなるし、リスクの予兆に気づかない。

まずは、徹底的に悪い状態を考えてみる。悲観的に考えてみる。そうすれば、過去の痛い体験や失敗の教訓が浮かんでくる。そういう脳の状態を前提に、あれこれと段取りをする。

こんな感じた。

 

悲観主義は気分に属する。楽観主義は意志に属する”という私がお気に入りの名言がある。

フランスの哲学者アランの言葉である。私の座右の銘の一つでもある。

私の解釈をシンプルに書くと、気分に依存して物事に取り組んでいると、悲観的になりやすい。一方、強い意志をもって行動すると、結果、楽観的な気持ちに自然となれる。

 

今思っている私のアグレッシブ・ネガティブはこんなイメージである。

意志をもってまずは、悲観的に考える。そうすると、気分に左右されることがなくなり楽観的になる。

 

以上