近藤昇の「仕事は自分で創れ!」

「仕事は自分で創れ!」ブレインワークスグループCEOの近藤昇が、日本とアジアをはじめとするエマージンググローバルエリアに対する思いやビジネスについて発信します。

ワープロが画期的だった時代

今、音声認識技術の進化のスピードは速い。

世間でも、ビジネス用の議事録作成ソフトのPRも目立つ。実際の実用性としては、まだまだ、途上である。当然、話し言葉を全部テキスト化する技術も難しいが、それを更に議事録にまとめるとなると、もっと難しい。

 

今は大きな過渡期に私たちはいて、そのうち話し言葉は完ぺきにテキスト化され、議事録などのサマリーをAI君がする時代になるだろうと思う。

 

一応、若い頃、プログラマーをしていたので、音声をテキストに変える仕組みのイメージは分かる。だけれども、30年以上前にはそんなことは、誰もが想像つかなかった。背景には、AI君のレベルが向上したとか、記憶容量も劇的に大きくなったことがある。

 

たった30年、されど30年。進化とはすごいものだ。

私が社会人になった頃は、ワープロが画期的だった。その当時は、ひらがな変換が基本で、私はキーボードをひらがなで覚えたので、未だに、パソコンもひらがな入力だ。英字変換もできることはできるが、基本は、ひらがな変換を使う。しかも、ブラインドタッチではなく、指タッチだ。

 

ところで今、ワープロ専用機と言うのは、使っている人はいるのだろうか?

こんな風に考えると、何年か先には、パソコンがなくなるのではとも思う。

音声だけで、操作できる時代はもう目の前だ。

ただ、キーボードを使って、文字を打ち込むことは、しゃべった内容を、自動的にテキストにする事とも、議事録にまとめる事とも違う。

少なくとも、脳の中で考えたことを、指を通して打ち込む。人間が僅か数十年で習得したこのスタイルはずっと残るようにも思う。

 

話は変わるが、昔、本や小説を書く人は、原稿用紙に書いていた時代がある。パソコンやワープロがなかった時代の話である。私も小学校時代には、原稿用紙を使って、手書きで書いた覚えはある。単純に言えば、間違いの修正や後になって文章を追加するなどは、大変だ。それこそ最初から書き直した記憶もある。

そういう私のレベルからは類推はできないが、本や小説を原稿用紙に書く人の能力は、相当上だったように思う。

なぜなら、簡単に修正できるとすれば、人間は普通に考えたら、緩くなり、集中力は落ちるように思うからだ。

人間は、長い長い時間をかけて、進化してきたと言われる。様々なツールを編み出し活用して生活の質を改善してきた。単純に考えれば、如何に楽になるかという方向に向かってきた。

 

ワープロが出来たときは、とても画期的で楽になった。それがパソコンになり、多様な使い方ができるようになった。スマホになると、キーボードではなくなった。スマホしか知らない世代が、パソコンを使うと四苦八苦だ。

私は、以前から、スマホがメジャーではなくなる日が来ると思っている。

 

その一つが、音声。

そういう時代が来たとしても、人間が文章を書くと言う行為がなくならないと思うが、今が、人類の進化の到達点でないとしたら、その次はどうやって、文字を入力するのだろうかと思う。

もしかしたら、人間は、コンピュータのアウトプットとしてしか文字を作らなくなるのだろうか。

 

 

以上