近藤昇の「仕事は自分で創れ!」

「仕事は自分で創れ!」ブレインワークスグループCEOの近藤昇が、日本とアジアをはじめとするエマージンググローバルエリアに対する思いやビジネスについて発信します。

頑張ってと頑張ろうの違い

私たちは、どんな時に人に対して頑張ってと、言うのだろうか?

記憶に新しいところでは、昨夏の東京オリンピックパラリンピックだろう。

純粋に世界最高峰の舞台にチャレンジする選手たちを応援するのは、熱くもなるしとても清々しい気分だ。

 

もちろん、下馬評の高い選手が負けたりすると、結構、ショックもある。ある意味、一緒に戦っているという感覚もあるのかもしれない。応援している選手が劇的な復活を遂げたような場合は、特に、応援したくなる。

逆に、観ている自分にとって全く無知の選手でも、苦難に打ち勝っている姿には、応援するこぶしに自然と力も入る。そういう意味でも、昨年パラリンピックが行われたことの意義も大きい。

 

一方で、人に、頑張ってや頑張れという表現は、時と場合により誤解を生むこともある。

一つは上から目線という感覚である。また、他人事という気持ちから頑張ってという人もいる。ただ単なる叱咤激励もある。実に色々だ。

 

仕事でも関わりが深い。

私は、会社を立ち上げたころは、どちらかと言うと、もっと頑張れという気持ちで社員には接していた。もちろん、その背景には、自分はもっと頑張っているぞという気持ちもあった。今にしてみれば、若気の至り、自己中心的な感覚もあったと思う。

 

実は、私はベトナムでの経験が長いが、ベトナム語を話しできるわけではない。

一時期は、ベトナム語の学習本を買い込んで、マスターしようと取り組んだこともあるが、中国語よりも難しいと言われる6声で挫折した。

そんな訳で、未だに、"おはよう"とか"ありがとう"とかのベトナム語の言葉を使う程度である。

そんな私が、ベトナム人の年下の部下や仲間に対して今でも使う言葉がある。

コーレンだ。正確にはコーガンレンらしい。短くしてコーガンという言い方もある。

 

日本語と全く一緒ではないが、コーレンやコーガンは頑張ってという意味である。

私は、これを一緒に頑張ろうというニュアンスを込めて、身振りなどのゼスチャーと共に使ってきた。数えきれないぐらいのシーンで使ったベトナム語の一つである。

 

日本はベトナムに比べて先進国で、ビジネスの習熟度などは、ベトナムは日本より劣る部分がある。今は流石にそういう事は無くなってきたが、私がベトナムビジネスを始めたころは、社会人一年生が日本の中学生ぐらいに見えたものだ。

 

今にして思えば、それだけ純粋でやんちゃだったのだと思う。昔の日本の田舎の感覚だった。

日本から駐在した人たちは、どうしても上から目線になりがちだ。

私が送り込んだ日本人の部下も、そういう傾向があった。どうしても、上から目線で頑張れとなってしまうのである。

そんなことを色々と試行錯誤している中で、コーレンやコーガンの使い方をベトナム人とのかかわりの中で、見つけた訳である。

だから今でも、コーレンやコーガンを会話の中に織り交ぜて出来るだけ使う。

 

ちなみに、コロナ禍前は、ベトナムでゴルフもよくしていた。大人同士のゴルフでもコーレンをよく使った。まあ、ゴルフは遊びなので、どちらでもよいが、仲良くなるには一番良いと思って使った。リカバリーショットの時の声がけやミスショットの後には最高だ。実際に何となく雰囲気は和む。

 

話は変わるが、私はこの2年、日本にずっといる。以前より日本人の様々な世代の方と接することが劇的に多くなった。

80歳を超えた現役の経営者から学生まで。流石に子供たちとの接点はほんどんないが、新興国から来た人との付き合いも多い。何せ私は、地方活性化の原点に多文化共生を掲げている。

ここ10年は特に新興国から日本に来た人たちが地方で生活していることが多くなった。主は、ワーカーとしてきていたり、留学生として地方の大学や日本語学校に通っていたりである。

 

彼らに、日本の人たちが、上から目線の頑張れではなく、頑張ろう、一緒に。が自然に出てくるような国に日本を変えていきたい。

 

オリンピックで選手に一緒に頑張ろうは成立しないが、こと日本や世界で一緒に生活する人間という意味では、皆同じである。

共に頑張って、少しでも地球の環境や自分の国を良くしていきたいものだ。

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以上