近藤昇の「仕事は自分で創れ!」

「仕事は自分で創れ!」ブレインワークスグループCEOの近藤昇が、日本とアジアをはじめとするエマージンググローバルエリアに対する思いやビジネスについて発信します。

とことんオンライン生活をしてみると見える価値

無人島で暮らすこと。

私がいまだに実現していないことの一つだ。

 

他の人がどれぐらいこういう願望を持つかは分からないが、意外と多そうに思う。

よく映画でセスナが嵐に遭遇し無人島に不時着。その状態からのサバイバルを経て生還というストーリーは定番だったりする。それだけ、人間は無人島が気になっているように思う。

 

私の昔から思っている無人島は、この映画のように脱出が極めて困難の場所ではない。

 

例えば、私の出身地の徳島から近い瀬戸内海に浮かぶ無人島のようなイメージだ。

いまでも、いつか、機会があれば1か月ぐらいなら過ごしてみたいと思う。

 

 

今、オンラインでの活動が一時的に増えた。言うまでもなくコロナ禍の影響だが、今年になってから、オンラインで何ができるかを気にしている人が急増している。

 

能動的か受動的かの違いはあるにしても、皆が使ってみているから必然だと思うが、何かが変わりそうな予感がする。

 

ビジネスの世界で言えば、移動が激減した中で、コスト削減のメリットを語る人は多い。

私の場合は単純に言えば、海外には行っていないし、国内移動も劇的に減った。コスト面だけで考えても、実際に相当なメリットがある。

 

反面のデメリットは何かを考えると、確かに直接会わないで話するロスや三現主義(現場、現物、現実)から遠くなる現実などもある。

 

私の今を書くと、毎日のように社外の人と面会をしている。経営者であったり仕事の関係者がほとんどだが、今は、90%以上がオンラインでの面会である。

 

私の場合は、コロナ禍以前から海外などが多かったので、そういう時は、例えば、ベトナムから日本のお客さんとのオンライン面会をしていた。もう10年以上前からだ。だから、今の状態に違和感などは全くなく、むしろ100%オンラインで1年ほど経営にチャレンシしたいと思っている。

 

そのためにも、物理的に会うことを諦めれる場所が必要だ。どうしても普通に日本の中いると、やっぱり会おうねと、言われることもあるし私自身もそういう気持ちも芽生える。

 

では、海外にずっといればという話になるが、コロナ禍が終息しても、なかなか、それは実現できないし、世の中がガラッと変わった以上、あまり現実的ではない。

 

こんなことを思考している中で、昔からの無人島体験願望が頭に浮かんでくる。

 

最近、大学生と話をする機会があった。これもオンラインだが、私たちの考えるネット社会と彼らが生まれて体験してきたネット社会の違いを発見した。

 

考えてみれば、私の世代はネットがなかった時代に子供から大人になった。アナログのみの社会でだ。だからアナログの良さや大切さを当たり前に知っている。

一方、若い人たちには、それを言葉で伝えても伝わるものではない。

 

また、本当にアナログの世界がないとダメかと言われたら、結局は、自分たちの昔を懐かしんでいるだけかもしれない。という疑念が生じる。

極端な話、江戸時代の人が今生きていたら、神戸東京間を歩く人がいるだろうか?やはり、新幹線に乗る。

 

ある意味、それだけ世の中がたった20年ぐらいで変わってきた。しかもこの変化は加速されている。

そうすると、そのうち普段はオンラインでしか人と接しない子供がいたとしても不思議ではない。

感覚的には、無人島で自分は過ごしているけれども、世界とネットでつながっている状態だ。

 

なんだかSF映画のようになってくるが、よくよく映画の世界を見ていくと、こんな類の映画はすでに結構沢山ある。

観る人がいるかどうかは分からないが、私の構想も映画として成立しそうに思う。

 

色々と書いてみて思う。オンラインの世界をアナログの世界と対比してみることは大切ではある。いっそのこと、オンラインのみで何が出来るかを試すオンラインサバイバル体験をアナログ世代もしてみても良いのではないかとも思っている。

 

 

以上